二俣城最中:静岡県浜松市

 

家康と信玄の攻防、そして信康自刃の城

元亀3年、遠江に侵攻した武田軍は数で圧倒的に勝っていながら、二俣城を攻略できずにいました。岩盤に立つ二俣城には井戸が無く、櫓を組んで天竜川の水を汲み上げていました。そこで武田軍は大量の筏を流し、櫓を破壊して水を絶ち、落城させたのです。続く三方ヶ原の戦いで家康は大敗しますが、信玄の急死と長篠の戦いで武田軍に勝ったことから反撃を開始。向いの鳥羽山に陣を取り、二俣城を奪い返したのでした。

天竜川が山から出てクランク状に蛇行する縁に二俣城はあります。本丸には野面積みの天守台が残るのみですが、紅葉の名所で、一段下の二の丸を囲う樹々は赤と橙と緑が混ざった錦のように色付きます。二の丸と南曲輪の間の小径を下りていくと、天竜川に出ます。そのまま堤防を進み小山をぐるりと回れば鳥羽山城へ辿り着きます。こちらも天守はありませんが、桜の名所となっています。木造の展望台からは二俣の街が見渡せます。

二俣城の石垣と天守は、家康の関東移封後に浜松城主となった堀尾吉晴が築いたもので、鳥羽山城には館が置かれました。さて、二俣城は家康の長男信康が切腹させられた城としても有名です。二俣城近くの清龍寺に信康廟があり、本田宗一郎ものづくり伝承館前の復元井戸櫓の側から寺に行けます。尚、二俣城の御城印は天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅の観光協会で入手できます。

2021年11月最中旅
画像2:二俣城天守台
画像3:信康廟

最中暦:12月
二俣城陥落
元亀3年(1572年)武田信玄が二俣城を落とす

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説明

最中と菓子舗

発売より50年、贈答用として人気が高いのが城を模ったこちらの最中。砂糖と水飴で炊いた程よい甘さの小豆餡が入った王道最中です。包み紙の城の遠景には蛇行する天竜川も描かれています。1個165円

むらせや
静岡県浜松市天竜区二俣町二俣340-1 053-925-2348 無休
二俣城から北へ1km余りの天竜区役所前の信号を右折した右側、栄町の信号との間です。信康餅や栗蒸し羊羹などの和菓子の他、プリンやスティック状チーズケーキが人気です。駐車場9台あります。