平塚最中:神奈川県平塚市

 

今を遡ること千百六十年余り

平塚市の名にまつわる逸話があります。桓武天皇の三代孫、高見王の娘政子が東国へ旅した際、急病で薨去した為ここに葬られ、塚が築かれました。時を経て塚の上が平らになったので、人々はひらつかと呼ぶようになり今の地名となりました。

平塚の塚は平塚駅北口から1.5kmほどの「平塚の塚緑地」として今も保存されています。住宅街で隣が寺という静かな環境です。きれいに整備された緑地には屋根付きの門や東屋があり、塚は石垣と石柱で囲まれ保護されています。周りには由来を刻んだ石碑がいくつかあり、塚の上には大きな黒松と「平塚の碑」と刻まれた石柱が立っています。

駅から平塚緑地へ向かい旧東海道を行くと、前方に高麗山(こまやま)が見えます。その昔、朝鮮半島から船で大陸の進んだ文化がもたらされた際、上陸の目印となった山だそうです。平塚には旧東海道の宿場町がありました。江戸側の出入り口である見附跡には石垣の台座の上に小さな竹垣が復元されています。京側の見附跡には平塚宿の石碑があります。平塚緑地へ入る角には平塚宿問屋場跡があり、今は江戸時代風の建屋の消防分団になっています。

2023年12月最中旅
画像2:平塚の塚緑地
画像3:平塚宿問屋場跡の消防分団

最中暦:2月25日(旧暦)
高見王の娘である政子が薨去
平安時代の天安元年2月25日(857年3月27日)のことである

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説明

最中と菓子舗

厚みがあって大振りの最中です。両側に平塚の文字が入って、包み紙には平塚の塚や石碑が描かれています。程よい甘さの粒餡がたっぷり入って食べ応えがあります。白い皮種の白餡は粒が残り気味ですが、この大きさなのでバランスに問題無し。ひらつか市民プラザの観光案内所でも販売しています。1個180円

安栄堂
神奈川県平塚市平塚2-30-3 0463-31-4784 第1・3水曜定休
平塚駅から旧東海道に出て左へ800mほど。本宿郵便局の並びで、平塚最中とあんみつの幟が目印。小奇麗な店構えであんみつの他に団子、羊羹などがあります。鵠沼海岸の有名なかき氷専門店に餡を提供している店で、気さくなご主人がいます。駐車場はないようです。